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​第6章 介入(インタベンション)について

② 良い介入・悪い介入

介入(インタベンション)が良い結果を生むことが多いのは、その人を心から大切に思っている友達や家族によって、あたたかく、愛情のこもった態度で、その人の病気や行動についての事実が本人に知らされるからです。

適切なトレーニングを受け、念入りに準備をすることで好結果を生む確率は80%以上になると言われています。

​ここで、良い介入・悪い介入について、事例を通して学んでみましょう。

登場人物

本人(50代男性・会社員)

妻(50代女性・会社員)

長女(20代女性・会社員)

会社の保健師

会社の上司

​(これはフィクションです)

椅子

若いときから酒に強いのが自慢。会社員になってからは酒席の接待で営業成績を伸ばしていた。

同期の中でも早く出世し、ますますつきあいの場も増えていった。

大学の同級生だった妻との間に一人娘がいるが、娘も社会人になって父親としての役目も果たし、なんだか気が楽になったような、気が抜けたような気分。

いつしか、休日は昼からビールの栓を抜くようになった。仕事一筋で来たので、これといった趣味もない。若い頃は熱心にやっていた釣りもいつの間にかやめてしまった。

50歳を過ぎた頃から、酔って転んだり、財布や携帯をなくすことがたびたび起こるようになった。

二日酔いが続き、仕事を遅刻したり、休んだりするようになっていった。

​見かねた妻にたびたび注意されたが、ちゃんと会社には連絡を入れて有給休暇の範囲で休んでいるし、たまたま飲みすぎただけで大騒ぎしてなんて大げさなんだろう、と思っていた。

​ある日、会社の健康診断で肝機能が再検査となり、保健師の指導を受けることになった。普段の飲酒量を聞かれて答えたら、減らすかやめるように言われた。とんでもない話だ。

昨日も深夜に酔って帰宅したが、タクシー代がなくて妻に払ってもらった。そこから先はよく覚えていないが、どうやら汚れた服を洗ったり、布団に寝かせてくれたらしい。

お父さんへ

お父さんへ手紙を書くのは何年ぶりかな。

子どもの時に父の日に手紙を書いて以来かもしれません。

​お父さんは一人っ子の私をいつも釣りに連れて行ってくれたり、よく遊んでくれました。釣りの上手な、自慢の、大好きなお父さんでした。

大学生になって、サークルや勉強で忙しくなって、私も家にいる時間が少なくなっていった頃、お母さんからお父さんのお酒が心配と聞きました。飲みすぎて覚えていなかったり、転んで帰ってきたり、物を失くしたりすると聞いて、びっくりしました。

この間、夜遅くに酔って帰ってきたお父さんを介抱しているお母さんに「うるさい」とか「ほっといてくれ」と怒鳴っているのを見て悲しくなりました。

いつの間に、こんなお父さんになっちゃったんだろう・・・

あんな風にお母さんを怒鳴るなんて、しばらくお父さんの顔も見たくないくらい辛かった。

​でも、お父さんの会社の保健師さんから、「アルコール依存症」という病気のことを教えてもらって、お父さんがお酒をやめられないのも、お母さんを怒鳴るのも、病気のせいなんだということを知りました。そして、何も知らずにお父さんのことを嫌ったり、帰ってきてほしくないと思った自分を反省しました。病気にかかっていて一番苦しいのはお父さんだったんだよね。

治療を受ければ回復するということも教えてもらいました。いい病院を紹介してくれると言っていました。どうか、治療を受けて、元の大好きなお父さんに戻ってください。

上司「私からもよろしいでしょうか。営業成績も良く、とても部に貢献してくれていて助かっている。しかし、1年くらい前から遅刻したり、急に休んだりすることが増えて心配していた。ときどき、酒の臭いをさせて出勤してくることもあったのに気づいていたよ。このままではお客様に迷惑をかけてしまうし、部の士気も下がってしまう。困ったなと思っていたら保健師の先生から今回のお話をいただいた。飲みすぎでだらしない、自己管理ができなくてどうする、と思っていたけれど、そうではなくてアルコール依存症という病気の可能性があるとのことだった。まずは病院に行って診察を受けてきてほしい」

保健師「アルコール依存症は誰でもなりうる病気で、自分の意思ではお酒をコントロールできなくなります。しかし、早めに適切な治療を受けて、お酒をやめられれば、また元の生活を送ることが可能です。ご家族や上司の方のお話から、依存症の可能性が高いと感じました。一度、専門医を受診してみませんか?」

本人「・・・わかりました。一度、先生のお話を聞いてみたいと思います。でも酒をやめるかどうかはわかりません」

​保健師「それは先生のお話を聞いてから、よく相談してご自身で決めてください」

ある日、会社の保健師に呼ばれて、会社の相談室に行くと・・・​なんで妻と娘がここに?

保健師「今日はお忙しい中、お越しくださってありがとうございます。今日はあなたのお酒の問題について話し合うために皆さんに集まってもらいました。この集まりは、決してあなたを責めたり裁いたりするためのものではありません。あなたを大切に思う人だけが集まっています。まずはお話を聞いていただけますか?」

妻「去年から、酔って転んだり、仕事の大事なものが入ったカバンを失くしたり、たびたび困ったことが起きているのは覚えてますか。先日もどこかで転んだのか、びしょびしょになったスーツで帰ってきて・・・片付けが大変でした。情けなくて悲しかった。この間、あなたのお酒の飲み方が心配になって、病院の家族相談というところに行って相談してきたの。そうしたら、アルコール依存症の可能性が高いから一度、病院に来た方がいいって言われたわ。私もそうじゃないかと思ってたの」

本人「なんだ!おれをアル中扱いする気か!」

保健師「あとでお話していただく時間を作りますから、まずは最後まで聞いていただけますか?」

妻「お酒を飲みすぎると誰でもなる病気なんだって。でも、ちゃんと治療すれば回復するんだって聞きました。治療しなければどんどん悪くなって・・・最後は死に至る病気だって聞いて怖くなったの。この間、健康診断に引っかかったのに、結局、お酒もいつも通り飲んでるし・・・私、心配でたまらないの。ちゃんと治療を受けて、元の元気なあなたに戻ってください」

本人「うん、わかったよ、内科に行けばいいんだろう」

保健師「内科の治療も必要ですが、お酒をやめなければ根本的な解決になりません。ここでお勧めしたいのは、お酒をやめるための精神科での治療です。それでは次に、娘さんのお話を聞いてください」

長女「私は手紙を書いてきたので、それを読みます」 

この例では、お酒をやめる決意まではつきませんでしたが、とりあえず、受診することは了解しました。

「初期介入」としてはこれで十分です。

この例では、保健師が中心となって、事前に家族や上司を呼んでアルコール教育を行ったり、チームとしての目標を伝えていました。長女は手紙を書いてきましたが、この場に来れない人にもこのような手紙を書いてもらうのも効果的です。この手紙は、事前に保健師がポイントを伝え、それに沿って書かれたものです。

​悪い介入だと、本人が「おれをアル中扱いする気か!」という抵抗を示したところで、

妻「だってアル中じゃない!この間だって・・・」と反撃してしまうとか、

​本人が「うん、わかったよ、内科に行けばいいんだろう」と言ったところで、

妻「ほんと?じゃあ、せめて内科に行って診察を受けて。今回こそは本人もよくよく反省したみたいですので、精神科はまた今度ということで・・・」と、目標であった専門医の受診を勝手に変更してしまう、家族がイネイブラーになるということも起こります。

​この例では、本人が専門医療機関に行くことを了承しましたが、頑として拒否をしたらどうなるでしょうか。

本人「・・・みなさんのお気持ちはよくわかりましたが、自分では努力すれば酒は自力でやめられると思っています。だから病院へは行きません。今日からきっぱり酒はやめます。な、それでいいだろう?」

保健師「自力でお酒をやめる努力はすでに十分、されてきたと聞いています。それでもやめられないのは努力がたりなかったからではなく、病気だからなのではないでしょうか」

妻「わかりました。治療を受けないのであれば、いったん、私もあなたとは離れて今後のことをよく考えてみたいと思っています。今週中に考え直して気持ちが変わったら教えてください。変わらないようであれば、残念ですがもう一緒に暮らしていくことは難しいです」

上司「治療を受けてまた以前のように活躍して欲しかったが、それができないのであれば、今後、うちの部で仕事を続けてもらうことはできない。今後の働き方については人事から連絡が行くのでそれを待つように」

​本人「・・・・」

​このように、うまくいかなかった場合の最終結論を決めておきましょう。そして、それは脅しではなく、必ず実行することが重要です。最終結論まで、猶予をどのくらい持たせるかについては状況によります。

また、「自分流」のやり方でやる場合に、1か月様子を見て、再度話し合い(再介入)の場を持つ約束をしておく、という方法もあります。必ずリミット(期限)を決め、次の約束をしておくことが重要です。

介入については、セミナー「介入(インタベンション)技術を学ぶ」で、学んでいただくことができます。

​アルコール依存症に関わる援助職には必須の技術ですので、ぜひご参加ください。

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